personal space.

外出してるのか引き蘢っているのか、
泣いてるのか笑ってるのか、
進んでるのか戻ってるのか、
よくわからないですが、元気にやっております。

色々な方に心配して気にかけていただいていて、ほんとにありがとうございます。今死んでもいい人生でした。←暗いトーンで読まないでください。

つーことで、先日よしもとばななの「ベリーショーツ」を今更ながらに読んだのだけれども、これが凄く面白かった。自分の子どものことをはじめ、何でもない日常についての愛おしさを綴ったもので、私は彼女のエッセイってこれまで基本的にあんまりピンと来なかったんだけど、何か今までと全然違った。私の感度みたいなものも変わってきているのかもしれないけど。
普通に笑えます。

ベリーショーツ 54のスマイル短編 (ほぼ日ブックス)

ベリーショーツ 54のスマイル短編 (ほぼ日ブックス)

装丁などについてはとりあえずノーコメント。「歯」の文字が金ピカだったのには驚いたけど。

それで、浮かんだのが「PERSONAL SPACE」という言葉で、私は最近ほんとにここに入り浸っているので(物理的にも)、色々と思うところがありました。特に強く思うのは「丁寧にやろう」ということ。礼を尽くすという意味でも。
このたび引っ越しをして、かなりの量の色々なものを捨てたんですが、ほんとに停滞というか滞留というか、吹き溜まりというか、部屋がそういう状態だったんだなと気付いたし、それはそのまま私にも当てはまるんですよね。部屋がその人をあらわすとはよく言ったもので……。色々なものがぞんざいになるし、部屋に何があるかわかっていない状態で、新しいものを外から持ってくる。本も、読めてないものが沢山あるのに新しいものを買ってきてしまう。部屋のなかのものは増える。けれども、よくわかっていない……。よくわからないから部屋より外で過ごして、外で見るものが多くて、そこで目について部屋に持って来てしまう、っていう。部屋に居ても部屋とは向き合わずにモニタに向かっていたりとか。
それはもう不感症みたいなものなのかもしれない。鈍い状態。茹で過ぎたうどんみたいな。
たぶん、見る人が見たら今の私の部屋も全然ものが多いんですが、少なくとも見渡すことができる。ちゃんと相手に対して意識を向けられる部屋になりました。まだ終わっていないけど。

コーヒーを煎れたり、掃除をしたり、ベッドで寝たり、そういうことを色々、丁寧にやるっていうことが私は出来ていなかった、それは100%意識の問題だし、自分のことなんですよね。日常生活に責任を持つということ。

だから良かったとしか言いようがない。そして私はやっぱり家庭を持つっていうことをいつかしたいと思う。

そして、しばらく見ないうちに凄く綺麗になった宇多田さん。
顔の系統としては親近感持ってましたが、むしろこれは上野樹里に近くない?ほんとに美しいと思う。「涙を封印した26年」ってあるから今26歳なのかな。もうこのあたりまで来ると年齢って関係ないというか、もちろんあるんだけど、内面が出ますよね。
この表紙は衝撃受けました。

Cut (カット) 2009年 06月号 [雑誌]

Cut (カット) 2009年 06月号 [雑誌]


紀里谷和明は作風全く好みじゃないんですが、このPVは凄いなと思った記憶。曲もいいよね。


▼一方こちらは、若冲さんに許可とってるんでしょうねぇ。